2019年12月16日月曜日

年間ベスト廃盤レコード2019(その1)

こんばんは。

みなさまいかがお過ごしでしょうか。
今年も早いもので、残り数週間。

僕は今年もたくさんレコードが買えて楽しい一年でした...

そんなわけで、毎年恒例ですが、今年入手した中古レコードの中で、お馴染みの定番アイテムから、よく分からないものまで、心に残ったお気に入りの作品をただただ自慢する『年間ベスト廃盤レコード』を書いてみようと思います!

今年のレコード購買遍歴は、相変わらずクラシック・ロック、ニューエイジ、実験音楽、インディー・ポップ、コンテンポラリー・ジャズと、相変わらずちまちまいろいろ手を出しておりましたが、ニューエイジもシティ・ポップも流行りすぎて高くて買えず年明け早々に離脱。メインで掘っていたのはS.S.W.盤。体系的な統計をもって、ある時代に物差しを当てて計るようなことは本当に意味が無い。とはいえ社会的な大きな流れはいつ何時にも抗えない中で、時代時代に生まれた小さな声と言いましょうか、いつしか忘れられてしまいそうな個々人としての思いが、上手くても不器用でも多くのS.S.W.盤といわれるようなレコードには詰まっているようで、やはり今でもそういった音楽に魅せられているなあと実感する1年でした。
今回も(去年は1回でサボってしまいましたが...)何回かに分けて5枚ずつ区切って、気ままな順番でご紹介出来ればと思います。




Ron Cornelius ‎– Tin Luck
Polydor ‎– PD 501
1971

マイ・フェイヴァリットS.S.W.大名盤Leonard Cohen『Songs From A Room』や、Bob Dylan『New Morning』にギタリストとして参加。サイケ・バンドWest(2ndにはなんとGary Burton「General Mojo's Well Laid Plan」カヴァー収録!)のメンバーであるRon Corneliusの唯一作。Polydorリリースということで(Polydor盤のS.S.W.なかなかアガらない気持ち分かりますよね...)、僕はノーマークで最近まで全く知らなかったのですが、レコード屋で探していると伝えると「良いレコードだよね!たまに入るよ!」と皆さん仰るので昔からのレコード・ファンの間では有名な1枚の模様。もとバンド・メイトのベーシストJoe Davisとローカル・ジャズ・ドラマーPaul Distelそして自身のギター&ピアノのみのシンプル・アンサンブルと飾り気のないピュアな歌声に心掴まれる。特に冒頭の「I've Lost My Faith In Everything But You」が大名曲。ソロ作が聴けるのがこの1枚しか無いというのは本当に惜しい。




Ron Moore – Death Defying Leap
Airborn Records – AR 7775
1978

1st、2ndはアシッド・フォーク名盤としてお馴染みのC.C.M.系S.S.W.の78年作。深過ぎるヴィヴラート・ヴォイスが印象深過ぎる「Something Lasting」を以前YouTubeのオブスキュア・サイケ・アカウントで、チェックしていてずっと探していた1枚。Emitt Rhodesにも通じる高水準のポップ・ソングを、Neil Youngを思わせるヘナい歌声で聴きたい!という昔から追い求めていた僕の欲求を充たしてくれました...



Terry Reid ‎– Seed Of Memory
ABC Records ‎– ABCD-935
1976

 NumeroのSNSアカウント「この作品がサブスクで聴けないのは人類にとっての大きな損失!」みたいな触れ込みで紹介していたはず。僕はメロウ・スワンプのリサーチをしていた際にディガー・フレンズの柴崎さんに教えてもらいました。UKで最もスワンプしているTerry Reidの名盤。電話越しの甘くて切ない別れを歌うメロウ・チューン「Faith To Arise」は、その内容も相まってヨット・ロック好きにもお勧めしたい...!



Michael Bierylo Ensemble ‎– Cloud Chorus
Inner Light Records ‎– IL-1107
1987

ミシガン出身のギタリストMichael Bieryloによる自主盤コンテンポラリー・ジャズ/ニューエイジ名作。Frank Londonのグループにも参加し、エスニック系のリード楽器を得意とするMatt Darriauがソプラノ・サックス、無名のチェロ奏者Brian Capouch(楽曲の性質もあるがDavid Darlingを思わせる!)が客演。Ralph Townerスタイルのコンテンポラリーなアコースティック・ギターから、Steve Tibettsスタイルの空間系のエフェクトを多用した漂うエレクトリック・ギターなど、ジャケットの通りECMを意識した音作り。



Townes Van Zandt ‎– High, Low And In Between
Poppy ‎– PYS-5700
1972

Father John MistyやKevin Morbyのカヴァーで知りました。ほかにもEmmylou HarrisやWillie Nelsonなど多くのミュージシャンにカヴァーされていますが、彼自身のヒットは皆無。そんな、まさにミュージシャンズ・ミュージシャンなエピソードに惹かれます。『High, Low And In Between』とは、なんとも美しいタイトル...。このアルバムから必要最低限ではありますがバンド・サウンドが導入されます(意外な所で若かりし日のLarry Carltonが参加)。楽曲の素晴らしさはもちろんですが、日本語ネイティヴにはなんとも捉えどころない、しかし非常に気になる存在。やはり日本語テキストが少なく海外の掲示板などで情報を集めていたのですが、このアルバムを制作中、現場にピック・ケースを忘れたTownesの代わりに自宅へ向かった当時の恋人がヒッチハイクの道中に殺されてしまうといういたたまれない事件があったそう。次作収録の「Snow Don't Fall」は、彼女のために書かれた唯一の楽曲。"とても人前で歌う気になれない"ということでライブで演奏されることはなかった。Townes Van Zandtに関する詳しい日本語テキストって存在するのでしょうか。もしご存知の方いらしたら教えて下さい...。


 

2019年9月15日日曜日

190915

とても悲しいニュースです。癌で闘病中だったSteve Hiettがフランスのモンペリエで亡くなりました。

昨年、僕が作ったEPで彼の撮った写真をどうしても使いたく、そして叶うならば彼がかつてミュージシャンとしてリリースした唯一のレコード『Down On The Road By The Beach』から1曲カヴァーさせてくれないかというお願いのためメールのやり取りなどしていたので、まさか!という気持ちでいっぱいです。写真を使いたいと言う話はともかく楽曲をカヴァーしたいという話にビックリしながらも喜んでくれて、完成した音源を送ったらとても気に入ってくれている様子でした。今月末に『Down On The Road By The Beach』のアナログ・リイシューと、未発表音源のリリースを控えていて、聴いたらまた彼に連絡を取ってみようと思っていた矢先で、とても驚いています。

亡くなったのは19年8月28日。夏の暮れにひっそり息を引き取ったのはなんとも彼らしいというのでしょうか。
レコード『Down On The Road By The Beach』がリリースされた当時に一緒に出版された同名の写真集をぱらぱらめくりながらレコードを聴いているのですが、雲ひとつない深いブルーが目に沁みます。彼の写真は深い色彩が印象的ですが、彼の弾くギターの音色もまた、目をつむれば、真夏の照りつく浜辺から見上げた空のように深い青や、湿気のないサラサラの砂の色、プールサイドの水色、口紅やパラソル、海辺の街の、赤や黄やエメラルド色の景色が容易に浮かび上がってきます。音楽から景色が浮かび上がるなんてよくいう話しかも知れませんが、彼の音楽の発色は本当にスペシャルで、だれの音楽とも似ていない独創的な音楽でした。そして、そんなパキッとした発色とは対照的に、レコードを聴けば聴く程、地に足がついていないというのか、ずっと水中を漂っているような、浮遊する繊細な指さばき、ナイーヴなヴォーカルの響きにどんどん引き込まれていきました。『Down On The Road By The Beach』というレコードからは本当に多くの感覚を刺激され影響を受けました。深く明るい色を放つ彼の写真や音楽を眺め聴きながら、彼の写真や音楽と彼が死んでしまったという事が、あまりにもかけ離れた事のようで、どうにも気持ちの整理のつかないままこんな時間になってしまいました。本当に、本当に美しいレコードをありがとう。

2018年12月11日火曜日

年間ベスト廃盤レコード2018 (その1)

こんにちは。

みなさまいかがお過ごしでしょうか。
今年も早いもので、残り数週間。

僕は今年もたくさんレコードが買えて楽しい一年でした...

そんなわけで、去年はすっかり忘れていたのですが、今年入手した中古レコードの中で、お馴染みの定番アイテムから、よく分からないものまで、心に残ったお気に入りの作品をただただ自慢する『年間ベスト廃盤レコード』を書いてみようと思います!

今年のレコード購買遍歴は、ニューエイジに始まり、バレアリック〜ヨットロック〜AORと一連の個人的なブームが夏まで続き、9月にリリースされたNoname『Room 25』を聴きとても感化され、高校生の時以来のソウル/レア・グルーヴ・ブームが押し寄せ年末まで駆け抜けた次第です。S.S.W.は相変わらず買ってます。何回かに分けて10枚ずつ区切って、気ままな順番でご紹介出来ればと思います。




Steve Hiett ‎– Down On The Road By The Beach
Label: CBS/Sony ‎– 28AP 2525
Country: JP
Released: 1983

今年出会ったレコードで特にお気に入りの1枚です。写真家Steve Hiettが、音楽家として残した唯一作。ニューエイジ、バレアリックとしての再評価著しいですが、ブルースやロックンロール由来と思われるギタープレイが独自の形で変形した彼のスタイルは、Loren ConnorsだったりTerje Rypdalといった唯一無二系特殊ギタリストの系譜としても聴きたいところです!奇跡の名盤!




Allan Thomas ‎– A Picture
Label: Sire ‎– SI 5901
Country: US
Released: 1971

ドゥーワップ・グループ出身のS.S.W.。フォーキー・ソウルというにはフォーク寄り、S.S.W.作というにはソウル寄り、こういったこれまで居場所の難しかった作品は、今日の感覚で聴けるものが多いように感じます。シンプルなバンド・アンサンブルも◎。アルバム通して粒揃いのメロウなグッド・ナンバーばかりで、何もないお休みの日の朝によく聴いていました。




Gary Bartz ‎– Music Is My Sanctuary
Label: Capitol Records ‎– ST-11647
Country: US
Released: 1977

時期ごとに音が変わるものの、どの作品も良質なアルト・サックス名手。プロデュースはSky Highチームで、モダン・ソウル寄りな音作り。1曲目の「Music Is My Sanctuary」がキラー・チューン。ちょっとフローティングするようなコード感、重ためのファンク・ビートと賑やかなパーカッションの行き来、そしてアンニュイ・ヴォーカルが堪りません...!




Gregg Suriano ‎– Peace Of The Rock
Label: Behold Records ‎– GS-000
Country: US
Released: 1978

今年はYouTubeディグで大量のローカル盤を聴きまくり、音とジャケを覚えて、レコ屋へ繰り出すというサイクルをしまくって、いろいろな作品に出会えました。先に書いたSteve Hiett、そして‎Gregg SurianoなるローカルS.S.W.のこの唯一作もYouTubeで情報を仕入れたもの。B面1曲目のヨット・ロック「I'd Rather Have Believed A Lie」がイチオシ・トラック!




Bobby Taylor And The Vancouvers ‎– Bobby Taylor And The Vancouvers
Label: Gordy ‎– 930
Country: US
Released: 1968

今年リリースされたNatalie Prassの新譜に収録された「Ship Go Down」にグッと来て、似た雰囲気のビター・スウィートなノーザン・ソウルを探していて辿り着いた1枚(ちょっと雰囲気違うかもしれませんが...)。この手のソウルにしてはマットなヴォーカル処理に程よい派手さなアンサンブルが◎。シングル・カットもされた「Does Your Mama Know About Me」、「Malinda」がお気に入り。全編良い曲揃ってます!




Full Sail ‎– Maiden Voyage
Label: Not On Label ‎– SW 2809
Country: US
Released: 1976

こちらもYouTubeディグでその存在を知った自主ヨット・ロック名作。ちょっと調べた限りでは当たり前のように唯一作。押しては返すさざ波SEでイン、軽やかなコンガがグルーヴする「Sailin' Along」がめちゃくちゃ名曲です!自分が入手した個体には、裏ジャケにJohn&Debbieなる友人夫婦(?)への直筆コメントがメンバー全員分書き込まれてるのですが、この手のコメントにしては長文でグッと来ました!




Wall Matthews ‎– The Dance In Your Eye
Label: Fretless ‎– FR 158
Country: US
Released: 1981

Folkwaysが生み出した伝説的実験土着サイケ・フォーク集団The Entourage Music & Theatre EnsembleのギタリストWall Matthewsのソロ作。全く盲点、知らなかった!The Entourage〜に比べると随分ジャズ・ロック、フュージョン色濃い危なっかしい冒頭曲に面食らいますが、2曲以降はアコースティック・ギターを使ったが続きますのでご安心あれ。「Whitebirds」、「The Village」、「The Dance In Your Eye」あたりはSteve Tibettsやインディー・クラシカル作品にも通じるコンテンポラリーなサウンド◎




Wolfgang Dauner ‎– Output
Records ‎– ECM 1006, ECM Records
Country: Germany
Released: 1970


電球男ジャケでお馴染みの名盤!Joki Freund、Jean-Luc Pontyなどの作品への参加でも知られるピアニストWolfgang Daunerが、ECMに残した電化フリー・ジャズ。アコースティックなジャズ・アンサンブルに、異物として投入されるシンセの音色がひたすら刺激的です!ラストの「Brazing The High Sky Full」は、強烈エクスペリメンタル・ファンクです!




Michael Gately ‎– Gately's Cafe
Label: Janus Records ‎– JLS 3039
Country: US
Released: 1972

ずっと探していた1枚!レコード・ハンティング・フレンドの谷口さんが誕生日にくれました...!初期Robert JohnやBlood, Sweat & Tearsらに曲提供をしていたMichael Gatelyの1st。甘みのある歌声にメロウかつウェルメイドなライティング・センスに脱帽。ソロ作は同年にリリースされた2ndを残し、その後もソングライターとしても特に目立った活動も無いまま83年に若くして亡くなってしまっています。A.O.R.時代にソロ作を残していたらまた違った評価があっとのではと思うと、なんだか悔しいですね。




Sly & The Family Stone ‎– There's A Riot Goin' On
Label: Epic ‎– KE 30986
Country: US
Released: 1971

今年の下半期一番ドハマりした1枚。トラップっぽいビートが飽和状態でどれを聴いても古くさいビートと感じていたところ、nonameやAri Lennoxの新譜あたりの生演奏とマシンイズムを組み合わせたファンク系のビートがすごく刺激で、そういったグルーヴやテクスチャー感覚の源流を探す過程で改めて聴き直しました。
自意識が強い質なので、欲しい欲しいと思いつつ今更レジへ持っていくのが恥ずかしく買えていない名盤が何枚かあり、そのうちの1枚でしたが、一昨日、オリジナルが安く見つかったので意を決してレジに向かいました...!


というわけでしつこくまだまだ続きます...

2018年3月18日日曜日

180318

音楽を聴ながら、ときおり時間の感覚が、昔、本当に経験した記憶と、本当にあったのかよく分からないけれど鮮明に浮かぶイメージが交差して、頭がクラクラしたり、誰にも言えない恥ずかしい記憶を掘り当ててしまった時のように、バツの悪い気持ちになって1人で部屋にいながら声を上げてしまいそうになる。
高校時代は国分寺〜府中のあたりをぶらついていた。いままで全く本なんて読まなかった自分が、村上春樹『ノルウェイの森』を片手に文学少年ぶって、これまでに全く日本語のロックを意識していなかった自分が、はっぴいえんどの3rdをiPodに詰めて通学路を行き来していた。『ノルウェイの森』に、時折描かれていたと記憶している60年代だか70年代だかの国分寺の風景は、そのアパートの隅々まで知っているような気がしたし、はっぴいえんどの3rdは、初めて聴いたはずなのに、メロディとギターの音色を聴けば(これは誰かの音楽に似ているというわけではなく)、なんだか昔っから知っている音楽のような気がしてきた。いまでもはっぴいえんどの3rdは、聴く度にその時に本当にあったかは分からないけれど感じていた景色、その時に考えていた事が鮮明に、あるいは淡い色の水彩画のように浮かび上がり、意識もなんだか足が届かないプールを漂っているような気持ちになる。両親がはっぴいえんどを聴いていたわけではないし、3rdの楽曲がテレビで流れる事もないだろうから、本当にそんな気がするというだけの話しなのだと思う。失われた東京への郷愁を描く『風街ろまん』は、もっと客観的に、純粋な音楽として聴けるのだけれど、『Happy End』は、自分の中でそういった意味では純粋な音楽として耳に入る事はないと感じる。

さて、僕はいま完全にスランプに陥っている模様。書いても書いても全く良い曲が書けない。年齢や生活の焦りで、無心で音楽に向かうのが正直厳しくも感じる。ポップスを作るのは次が最後かなとも思っている。正直もう辛いけど、なぜまだ音楽を作りたいのだろうかといえば、きっと『Happy End』を聴いた10代の感覚が忘れられないのだと思う。なんて思っていた事を10年後にでも思い出してあまりの恥ずかしさに思わず声を上げていられますように。

2018年2月9日金曜日

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今朝、夢を見た。解散したバンドのメンバーで演奏をしている夢だった。

竹川に、3年ぶりくらいのメールを入れ、久しぶりに会う事にした。場所は、3年前に、もうバンドをやりたくないという話しをメンバーにした吉祥寺の居酒屋で。彼と会話したのはその日が最後だった。

結果から言うと、吉祥寺の道端の排水溝に2度エーテル。電車に乗ったものの、たまらず途中で下車。トイレに急ぐものの、我慢出来ずに目前でエーテル(本当にごめんなさい...)、その後30分トイレに篭城する羽目になる。ほんの数杯のアルコールを呑んだだけで、ここまで悪酔いするのはいつぶりか。たかが、学生時代のほんの2、3年の間にやっていた小さなバンドだったが、今でも重くのしかかっていたのだと思う。とても重たかった。

久しぶりに呼びつけたは良いものの、どんなツラを下げて会えば良いものかと悩み、待ち合わせをわざと遅刻して入店。相変わらずあっけらかんとしたやつなので、入ってしまえばその後は、自然に話せた。

月額ストリーミングも未だに使わず、好きな音源はCDやLPで買う。メディア類は全くチェックしてないから、このしばらく会わなかった期間にFrank OceanもBon Iverも全くチェックしていなかったそう。これは一切の皮肉なしで言うが、この数年に、Frank OceanもBon Iverも知らずに済んだなんて、なんて羨ましいことか!Frank Oceanは、君の好きなBurt Bacharachのカヴァーもやっているよ。と、伝えた。いや、ここまで来たら、聴かないでくれとも。

初めて会った時は、アシッド・ジャズも下火になった頃だったけれど、JamiroquaiとIncognitoがお互い好きで意気投合してバンドを始めて、はっぴいえんどとか言わずにあのままやっておけば売れたかもね。

彼からは、最近、来日したSean O'Haganを観に行って、またHigh Llamasがお気に入りという話しをしていた。それに、ブラジルのコード感の話しだったり。
そういった話しに"なんで?なんで?"と、都度都度、突っ込みを入れるが、相変わらず口ごもる。"ブラジルのコード感は曲線的なメロディを描きやすくて、日本語の点っぽさを解消出来るのは確かだよね"とフォローすると、心のそこから"確かに!そうだね"と子供のように返事を返してくれる。

彼のような人種は、周りに他にいない。自分で選んだ音楽を聴くという極めてシンプルで、ピュアな音楽の接し方をしている。見た目はオッサンだが、なんと表現すればいいのか、、そう何にも染まっていない。無染。ここ数年の音楽の波、いや世の中の流れに呑まれて、なんだか嫌気がさしていた自分は、とても羨ましく思え、それはバンドを一緒にやっていた頃から、何一つ変わっていない事のように思えた。

近くに、こんなにも狂ったように音楽が好きなやつがいたから、解散した後に、果たして自分が音楽が本当に好きなのかどうか、悩んだ時期もあったという話しも初めて聞いた。逆に僕は彼のソングライティング・センスにとても嫉妬していた。少しでも良い曲を書けるよう、自分が出来る事は、誰よりも音楽を聴く事しか出来なかっただけだ。初めて増村のペンが自動筆記のように走ったのは、僕の曲ではなく、竹川の曲だった。桑田圭祐のラジオで掛かったのも僕の曲ではなくて、竹川の曲だった。ふと思い出して、そんな話しをすると、ラジオでは、おれの曲なのに、"このリーダーの子はバンジョーにペダルスティールも弾くのか。Brian Wilsonみたいなやつだな"とだけ言っていたのを今でもはっきりと覚えているという。

こうやって、まともに会話するのも、バンドの終盤1年はほとんどろくに会話もしなかったから、本当に久しぶりだった。

2枚目以降、ぜんぜん付いていけなくなった、という話しをしていた。そりゃそうだよね。僕も、なにに取り憑かれていたのかよく分からない。とにかく見えないもの、言葉に出来ない事を音楽にしたかった。大した理由なんて無かっただろうけど、はじめて世の中に自分の音楽が出た時に、いとも簡単に決まりきった仕事をかた付けるように、自分の音楽が語られていく事が初めての体験で、それがどうしても我慢ならなかったのだと思う。あの頃は、若かったし、手当たり次第、全てのものに腹を立てていた。なんて振り返るような歳に今はなってしまったのか。

自分にとって音楽を作る事は、スタンスは変わった部分もあるけれど、基本的に変わらないのは誰かのためでは無いし、自分のためでもない。かっこよく上辺の言葉を使うと、音楽のために音楽を作りたい。本当にそうなのかはよく分からない。

時々、音楽が好き過ぎて、音楽を知らなければ良かったと思う事がある。そうすれば今頃、子供を連れてジャスコに行くような生活が出来たのではと。20代の前半は、本当に音楽によっていろんな物事をトチ狂わせた。きっと音楽に救われるような人は、程々の距離で音楽に接する事が出来るのだろう。ただどうしても、僕にはそれが出来なかった。深みにハマればハマる程、いろんな事が上手く出来なくなってしまった。そして、バンドもうまく回す事が出来なくなって放り投げてしまった。

こんなやりとりもした。どういう事を考えているのか知りたい一心で、子供のようにとにかく質問を浴びせた。

「きっと自分は実験的なものよりポップスが好きなんだ。」

「じゃあペットサウンズは?」

「ポップス」

「きみがよく着てたTシャツの狂気は?」

「ポップスじゃない」

「じゃあ自分の思うポップスの定義は?」

「うーん、、口ずさめるような良いメロディの音楽かなあ」

「じゃあ狂気の1曲目すごい良いメロディじゃない?」

「そういわれるとポップスだね」

「ソフトマシーン」

「ポップスじゃない」

「初期のソフトマシーン、いやロバートワイアットは?」

「ポップス」

「ジャコがいた頃のウェザーリポートは?」

「ポップス」

「ドナリー」

「ポップス」

「ソーファット」

「ポップスじゃない。でもあのベースリフ、、ポップスだね」

「オーネット」

「ポップスじゃない」

「ドンチェリー」

「ポップス」

「そうだよね。じゃあ君の好きなミュージックフォーエアポーツ」

「そう言われるとメロディ無いけどポップス」


あの頃、もっといろんな話しをするべきだったのだろうか。というと、なんだか昔の恋人に当てた手紙のようだ。それは、永遠に元の通りには戻らない。

はじめはいろんな偶然が、ピースをはめるように、連鎖しておもしろいようにうまく収まった。それは、ほとんどミラクルの連続で。
しかし、ある時、手にしていたピースは、然るべきものではなかった。すぐに次のピースを試すなりカチリとはまるもの探すべきだったのかもしれないが、執拗に回転させたり、裏返してみたり、どうしてもその1つのピースを手から離す事が出来なくなってしまっていた。今思い返してみてもそれは間違いだったとは思っていない。ただ、そうしているうちに時間が切れてしまっただけのことだ。


ほんの小さなインディーのバンドなのに、なんだかたいそうな物言いをしてしまったけれど、とても大事な時間を過ごせた事に感謝したい。


帰り際に"また会えるとは思っていなかったよ"と言われ、知らずに背負っていたものがほどけて、道端の排水溝に吸い込まれていった。

2018年2月6日火曜日

180206

 しばらく間が空いてしまったけれど、久しぶりにブログを書いてみようと思う。ブログってアーカイヴがしやすいから、ふと思い出した時に読み返してみて、過去の自分の意識を思い起こしたり出来るから面白い。
 特に外向けの文章と気張らず、思った事を自動筆記的に書いてみるのも、あとあと自分で読み返して面白いと思うので、誤字脱字を気にせずとりあえず進めてみる。

 これまでの人生で日記を付けて時期が3度あった。一番はじめが小学校の5、6年の頃。5年生の新学期にクラスで日記帳が配られた。市かなにかから鉛筆でも配るように配布でもされたのだったのだと記憶している。そこから週に数回書くときもあれば、すっかり日記の存在を忘れて一度しか書かない月があったり。特にみんなで日記を付けて先生とやり取りしましょう!という事ではなかったけれど、はじめの方はクラスみんなが書いて先生に提出していたが、それも半年後にはみんな飽きてしまって、コンスタントに書き続けていたのは、自分くらいだったのでは、と思う。
 家族と出かけたことや、友達を落とし穴にはめたこと(片足が膝まで入るくらいの穴で、蓋の下にはビニールを敷いて水をたっぷり入れたのをよく覚えている。)、仲の良い友達と喧嘩してしまったこと、ちょうどギターを買ったのが5年生の頃だったから、そのことも書いたりした。ビートルズが大好きで、そんな話しを書いた日記を先生が多摩の子詩集かなんかに送ってくれた掲載された事もあった。
 これはよく言う事だけれど、思い返せば、なんで子供の頃は、あんなにも毎日が新鮮だったのだろうか。"また同じような一日が始まるのか"と朝起きて呟き、ルーティンと化した日常のループにウンザリしながら小学校に通う子供なんていないはずだ。"あ、また同じような一日だ"なんて考えるようになってしまうのは、いつからなのだろう。ともあれ、特に大きな出来事が無くともネタに困る事は無く、日々のちょっとした面白かった話しや考えていた事を書いては、提出していた。飽きずに続いたのは、提出する度に先生がコメントを書いてくれて、それを読み返すのが好きだったのだと思う。その日記帳は、小学校を卒業した後、書き進める事は無かったけれど、大掃除の旅に"こんなのあったなあ"と思いなが読み返す。それがはじめの日記を付けていた時期。

 そのあとは、大学に入って、森は生きているというバンドを始めた時に、ホームページのコンテンツとしてレコードのブログを書いていた時期がある。当時のP-Vineのディレクターだった柴崎さんは、バンドの音源を聴いた後、このブログを読んでくれて連絡をくれたのを覚えている。この話しは、どっかで書いてる気がするので、こんなところで。

 その後は、バンドが解散する直後から、初めてのソロの制作中までの事をノートに書いていた時期があった。重たいバンドから解放されて自由になって、はじめのうちは身軽になった喜びと、明日への希望(!)でいっぱいだったけれど、徐々に1人になった所でのなかなか上手く進まない焦りで後半は思い出したくないくらいダウナーな急下降を記録した日記が存在するが、これは、読み返してもあまり笑えないやつと判断して、アルバムが完成したと同時に燃やした。


 今日は、今やっている映画仕事の打ち合わせに出かけて、ついでに気分転換に髪を切りました。切ってくれたお姉さんのハサミ捌きに一切の迷いがなく、サクッサクッと切り落としていく様が、なんともかっこ良かったです爽快でした。帰りにレコード屋に寄って、Ben Sidran『On The Cool Side』と、Steven Halpern & Dallas Smith『Threshold』を買いました。最近は、A.O.R.とニューエイジがお気に入り。

2017年5月14日日曜日

Linda Rich ‎– There's More To Living Than I Know So Far


Linda Rich ‎– There's More To Living Than I Know So Far

Inter-Varsity Records ‎– LPS-03498
1969


レア・グルーヴ再発でお馴染みのNumeroが、フォーク/アメリカーナ系の作品を取り上げる『Wayfaring Strangers』シリーズ。その第一弾である女性フォーク・シンガーに焦点を当てた『Ladies From The Canyon』が、今年に入ってアナログ化されました。おお、ようやく...!

コンピ・タイトルはもちろんトラディッショナルとオルタナティブの架け橋的存在。その後のフォーク・シーン象徴する傑作Joni Mitchell『Ladies From The Canyon』からの引用。マウンテン・フォークをベースに、ジャズやロックをはじめとしたコンテンポラリー・ミュージックとも接近したその革新的なサウンドは、オーヴァーグラウンドでも大きな衝撃をあたえ、その後の影響は計り知れませんが、第二のルネッサンスは、街角のカフェや教会でも起きていました云々...という趣旨の企画。

このコンピがリリースされた06年頃と言えば、Linda PerhacsやVashti Bunyanなんかが立て続けに再発掘され、フリー・フォーク/フリーク・フォーク全盛のUSインディーとも相性良く(Vashti Bunyan+Animal CollectiveなんてEPも出ましたね!)、アシッド・フォーク的なものがとっても盛り上がって印象です。コンピ『Ladies From The Canyon』はその中でも、よりローカルな自主盤規模の今聴ききたいサウンドをコンパイルした決定打だったはずです。



アナログ盤はまだ買えていませんが...

そんなコンピ中で、特に気になったのは、Karen Dalton系のスモーキーな歌声に、サンプリングもしたくなるナイス・グルーヴが印象的なShira Small「Eternal Life」(オリジナルは、ゆうに1000ドルは越えるようですが、いつか絶対LPで欲しいです。プレゼント・リストに)と、チェロとフルートによるKronos Quartet的スリリングさを持ったアンサンブルが印象深いLinda Rich「Sunlight, Shadow」でした。



カンザス出身のLinda Richは、クリスチャン系のレーベルInter-Varsityから3枚のアルバムがリリースされており、『There's More To Living Than I Know So Far』が1stアルバムです。ちなみにInter-Varsityは、モダン・フォーク+ソフト・サイケ・デュオJonathan & Charlesが運営していたようです(こちらは期待しないで聴くとまずまず悪くないアルバムです)。


A1〜A4までの自主盤とは思えぬ緊張感ある流れに改めて驚きです。中でもNumeroのコンピでも取り上げられた「Sunlight, Shadow」の幾何学な和声感と、お金がなかったが故に、ベースに見立てたチェロのピチカートとフルートからなるイントロは、まるで良質な室内楽を聴いているようで、10年代の耳で聴いても新鮮に思えます。この曲に関しては歌詞も宗教っぽさは捉え方によってですが、説法臭い印象は余り感じなかったのでC.C.M.苦手な人も聴けるのではないでしょうか。そしてB面も佳曲が揃ってます。個人的にお気に入りなのは、メロウなヴォーカル・ハーモニーと、サビでのコードの仕掛けに胸キュン必至のB1「Man Of Galilee」。
アパラチアン・フォーク〜UKトラッド、下地の幅広さはもちろんですが、やはり、所々で聴かせるイレギュラーなコード感と、センスの良いチェロやフルート、クラリネット使いが(そもそも楽器のチョイスが素晴らしい。アレンジャー/プロデューサー・クレジットは残念ながら見当たらず)、このアルバムを特別なものにしているのかと思います。捨て曲なしです。

さて、そんなLindaさんですが、00年代に発掘された多くのフォーク・シンガーと同じように、音楽サイトの掲示板を中心に捜索がされたみたいですが、いっこうに足取りが掴めなかった模様です。とあるサイトでLindaの弟を名乗る人物からの書き込みがあり、彼曰く"彼女とはもうかれこれ30年以上音信不通で、私たち家族も心配している。何十年も昔にリリースされた姉の音楽に興味を持ってくれている人がこんなにもたくさんいるのに、驚き、感激している。リリースした作品のマスターテープは私が持っているので、もし可能であれば無料で聴けるようにしたい考えている"といった趣旨の書き込みがありました。これが05年くらいの話と記憶していますが、その後、彼女が発見された、音源が解放された、という情報は入ってきません。



A1 There's More
A2 Sunlight, Shadow
A3 Things
A4 Clouds Above
A5 One Day
A6 Tomorrow's Mountain
B1 Man Of Galilee
B2 Song Without Words
B3 The Shadows Sing
B4 Walking With Jesus
B5 The Edges Of His Ways
B6 Come Unto Me